2006年12月28日 (木)

今年のうちに済ませておきたいことは?

今年のうちに済ませておきたいことは?
やっぱり、風邪をなおしたいな。
風邪のまま年を越すのは・・・・・

2006年11月 3日 (金)

鸚鵡

 私は動物が好きだ。金と余暇と土地とがあったら、出来得る限りさまざまの動物を飼いたい。それも、狭い檻や籠や水器にではない。少くとも見た目に彼等の不自由を感じないほどの場所に、伸びやかに放ち飼いにして、その中に自分をも置きたい。――そういうことを云うと、誰でも大抵は賛成する。そういう欲求は、誰でも大抵持っているものとみえる。ところが、二三の友人が集って、話がたまたまそのことに及んだ時、動物を飼養する場合、人によって態度が凡そ三様に分たれる、という結論に到達した。
 第一は、暴君として動物に臨む態度だ。――A君は、立派な金属の籠に鸚鵡を飼っていた。時には籠から出して、縁側の廊下に放った。在宅の時には、日に幾度も見に出て来る。外出先から帰宅すると、先ず第一にその安否を確かめる。そのくせ、鸚鵡と差向いで一時間と過すことは、殆んどなかった。一寸したことで、不機嫌になるのだった。気に入らない僅かな素振や言葉――そんなものは如何なる鸚鵡にも絶無ではない――に接すると、彼は顔をしかめて立去る。がまたすぐに、様子を見に来る。そして気長に鸚鵡を訓育するなどということは、到底彼には出来なかった。云わば彼は、瞬間的に愛し、瞬間的に憎み、そして始終気にしていた。それはヒステリー女の愛だった。奴隷の美女に対する暴君の愛だった。が鸚鵡は奴隷にはなりきれなかった。主人の神経を反映した鸚鵡は、非奴隷的な神経の働かし方をした。A君は遂に鸚鵡を絞殺してしまった。

あと2ヶ月  ★★

あと2ヶ月だよ。さらに2日すぎちゃったよ。

あと2ヶ月で、ページランクをあげるこで、。。。。

あがるかな~~~

ページランクアップに最近はいそしんでいます。

2006年5月29日 (月)

デヤン・スタンコヴィッチ

 底知れぬ豊富な運動量。左右両足から繰り出される正確なキックと高精度のミドルシュート。中盤ならどのポジションでもこなし、攻守ともに抜群の存在感を発揮する、セルビア・モンテネグロのキャプテン―――デヤン・スタンコヴィッチ。ドラガン・ストイコヴィッチ引退後の背番号10である。

 レッドスター在籍時には16歳でチャンピオンズリーグ出場を経験。「早熟の天才」と呼ばれた少年はラツィオ、インテルといったビッグクラブで経験を積み、いつしか国を代表するフットボーラーになった。
 ワールドカップデビューは1998年のフランス大会。19歳の若さで3試合に出場した。しかし、ユーゴスラビア代表として臨んだ最後のワールドカップ予選、2002年日韓大会は欧州予選で敗退してしまう。
 リベンジを果たすべく臨んだドイツワールドカップ欧州予選では、ベルギー、スペインの強豪と同じ組になりながらも、6勝4分けの成績で1位突破を決めた。失点はアウェイのスペイン戦で喫した1点だけという、盤石の戦いぶりである。
 スタンコヴィッチは4-4-2のセントラルMFとして10試合中9試合に出場。欠場した1試合は故障によるもので、ケガさえなければフル出場を遂げて当然の戦力だった。

 今年6月、セルビア・モンテネグロがドイツの地で戦うのは、アルゼンチン、オランダ、コートジボワール。厳しいグループに入ったが、スタンコヴィッチはなんら気にしてはいない。むしろ、対戦を楽しみにしている。なかでも、サネッティ、カンビアッソ、サムエルなどインテルのチームメイトが多いアルゼンチン戦は、特別な感情を持って挑むことになるだろう。スタンコヴィッチは「もちろん、監督に彼らの特徴を教えるつもりだ」と話し、チームメイトとの対戦を歓迎している。
 グループCはアルゼンチン、オランダの勝ち抜けで堅いというのがおおかたの予想である。そんななか、もし番狂わせが起きたなら、その中心にいるのはこの男であることは間違いない。
 ドイツワールドカップは旧ユーゴ時代から数えて2大会ぶり、セルビア・モンテネグロと名前を変えてから初めてのワールドカップになる。国として名をあげるため、スタンコヴィッチの熱きチャレンジが始まる。

ディディエ・ドログバ

 初出場ながら、アルゼンチン、オランダ、セルビア・モンテネグロと同居する“死のグループ”に入ったコートジボワール。今大会のアフリカ勢で最も前評判の高いチームが決勝ラウンドに駒を進めるには、ディディエ・ドログバの活躍が不可欠だ。

 1998-1999シーズン、フランスリーグ2部(当時)のルマンでトップチームデビューを果たしたドログバは、瞬く間にスターへの階段を上っていった。フィジカルの激しいリーグで経験を積んだFWはギャンガン、マルセイユとステップアップを果たす。2003-2004シーズンには18ゴールを挙げフランスリーグ最優秀選手に輝くと、ジョセ・モウリーニョ率いるチェルシーへ引き抜かれた。移籍金は、クラブ史上最高額(当時)の約50億円だった。
 モウリーニョにFWのファーストチョイスとして起用されるなど、ドログバはプレミアシップでも才能をいかんなく発揮していく。DFを弾き飛ばす強靭(きょうじん)なフィジカル、巧みな状況判断、パワフルなシュート。フランスリーグでの実績を考えると得点数こそ物足りないものの、前線で確実にボールをキープできるストライカーは、チェルシーでも欠かせない戦力となった。

 ワールドカップ予選は最前線で奮闘し、チームにワールドカップへの出場権をもたらした。10試合中9試合に出場し、チームトップの9ゴールをマーク。だが、2006年アフリカ・ネーションズカップ決勝のエジプト戦では苦渋を飲まされる。PK戦で最初のキッカーを務めたが痛恨のミスを犯し、チームは準優勝に終わった。自身の失敗でタイトルを逃しただけに、キャプテンはワールドカップでの雪辱に燃えているに違いない。

 コートジボワールの基本戦術は、守備をがっちりと固め、そこからのカウンターアタック。ドログバが前線でボールをキープし、チームメイトをうまく使いこなせれば、コートジボワールが試合のペースを握る。逆に、ドログバが簡単にボールを奪われるようだと、コートジボワールはグループリーグで姿を消すことになるだろう。
 対戦国のマークがドログバに集まるのは、目に見えている。そんな中、世界でも有数のフィジカルを誇るドログバは、強敵のマークをいかに振り切るのか。コートジボワールの命運は、ドログバが握っている。

リオネル・メッシ

 “マラドーナ2世”と期待されたアルゼンチン人プレーヤーはかつて何人もいたが、誰もマラドーナにはなれなかった。だが、リオネル・メッシなら――。若干18歳のアタッカーは、それ程までに高い能力を誇っている。

 13歳のころ、メッシは身長が143cmしかなかった。幼少のときに、成長障害疾患を患ったためである。成長ホルモンを注射するため、毎月約900ドルの治療費がかかった。決して裕福ではなかった一家は治療費の捻出(ねんしゅつ)に苦しみ、スペイン移住を決意する。そして、メッシのプレーに心を奪われたバルセロナが治療費の負担を申し出て、入団に至った。
 自ら足に注射を打ち続け、169cmまで身長を伸ばしたメッシはめきめきと頭角を現していく。2004-2005シーズンには、チーム歴代3位の17歳3か月でトップチームにデビュー。同シーズンにはチームのリーグ最年少得点記録を打ち立て、チャンピオンズリーグ初出場も果たした。

 アルゼンチン代表のエースとして出場した2005年ワールドユースでは、世界中の度肝を抜いた。巧みな戦術眼、正確かつパワーのあるシュート、タテに一瞬で抜けるスピード、相手をあざ笑うかのようなテクニック。生粋のゴールハンターであるメッシは6ゴールを奪い、アルゼンチンの5度目の優勝に大きく貢献。大会MVPに輝いた。
 2005年8月には、途中出場ながらフル代表にデビュー。若手選手を積極的に起用するホセ・ペケルマン監督はその後もチャンスを与え、先発した3月のクロアチア戦ではフル代表初ゴールを記録。レギュラー定着に向け、これ以上ないアピールとなった。
 クラブレベルでも、2005年9月にスペイン市民権を獲得すると、出番は激増していく。ついにはフランス代表のルドヴィク・ジュリー、スウェーデン代表のヘンリク・ラーションら錚々(そうそう)たる選手をベンチに追いやり、レギュラーの座を奪ってみせた。

 「メッシはロナウジーニョと並んで世界最高の選手。私によく似ている」
 母国の英雄ディエゴ・マラドーナに、ここまで言わしめたメッシ。バルセロナの世界一攻撃的で魅力的なサッカーの一翼を担うアタッカーは、初めてのワールドカップで再び世界中を震撼(しんかん)させるに違いない。

2006年4月14日 (金)

もっとも

もっとも、もうその頃は、私どもの店も、毎日おもての戸は閉めっきりで、その頃のはやり言葉で言うと閉店開業というやつで、ほんの少数の馴染客だけ、勝手口からこっそりはいり、そうしてお店の土間の椅子席でお酒を飲むという事は無く、奥の六畳間で電気を暗くして大きい声を立てずに、こっそり酔っぱらうという仕組になっていまして、また、その年増女というのは、そのすこし前まで、新宿のバアで女給さんをしていたひとで、その女給時代に、筋のいいお客を私の店に連れて来て飲ませて、私の家の馴染にしてくれるという、まあ

じゃ

の道はへび、という工合いの附合いをしておりまして、そのひとのアパートはすぐ近くでしたので、新宿のバアが閉鎖になって女給をよしましてからも、ちょいちょい知合いの男のひとを連れてまいりまして、私どもの店にもだんだん酒が少くなり、どんなに筋のいいお客でも、飲み手がふえるというのは、以前ほど有難くないばかりか、迷惑にさえ思われたのですが、しかし、その前の四、五年間、ずいぶん派手な金遣いをするお客ばかり、たくさん連れて来てくれたのでございますから、その義理もあって、その年増のひとから紹介された客には、私どもも、いやな顔をせずお酒を差し上げる事にしていたのでした。だから旦那がその時、その年増のひと、秋ちゃん、といいますが、そのひとに連れられて裏の勝手口からこっそりはいって来ても、別に私どもも怪しむ事なく、れいのとおり、奥の六畳間に上げて、焼酎を出しました。大谷さんは、その晩はおとなしく飲んで、お勘定は秋ちゃんに払わせて、また裏口からふたり一緒に帰って行きましたが、私には奇妙にあの晩の、大谷さんのへんに静かで上品な素振りが忘れられません。魔物がひとの家にはじめて現われる時には、あんなひっそりした、ういういしいみたいな姿をしているものなのでしょうか。その夜から、私どもの店は大谷さんに見込まれてしまったのでした。それから十日ほど経って、こんどは大谷さんがひとりで裏口からまいりまして、いきなり百円紙幣を一枚出して、いやその頃はまだ百円と言えば大金でした、いまの二、三千円にも、それ以上にも当る大金でした、それを無理矢理、私の手に握らせて、たのむ、と言って、気弱そうに笑うのです。もう既に、だいぶ召上っている様子でしたが、とにかく、奥さんもご存じでしょう、あんな酒の強いひとはありません。酔ったのかと思うと、急にまじめな、ちゃんと筋のとおった話をするし、いくら飲んでも、足もとがふらつくなんて事は、ついぞ一度も私どもに見せた事は無いのですからね。人間三十前後は

わば血気のさかりで、酒にも強い年頃ですが、しかし、あんなのは珍らしい。その晩も、どこかよそで、かなりやって来た様子なのに、それから私の家で、焼酎を立てつづけに十杯も飲み、まるでほとんど無口で、私ども夫婦が何かと話しかけても、ただはにかむように笑って、うん、うん、とあいまいに首肯き、突然、

何時

なんじ

ですか、と時間をたずねて立ち上り、お釣を、と私が言いますと、いや、いい、と言い、それは困ります、と私が強く言いましたら、にやっと笑って、それではこの次まであずかって置いて下さい、また来ます、と言って帰りましたが、奥さん、私どもがあのひとからお金をいただいたのは、あとにもさきにも、ただこの時いちど切り、それからはもう、なんだかんだとごまかして、三年間、一銭のお金も払わずに、私どものお酒をほとんどひとりで、飲みほしてしまったのだから、呆れるじゃありませんか」

笑い事

「いや、まったく、笑い事では無いんだが、あまり呆れて、笑いたくもなります。じっさい、あれほどの腕前を、他のまともな方面に用いたら、大臣にでも、博士にでも、なんにでもなれますよ。私ども夫婦ばかりでなく、あの人に見込まれて、すってんてんになってこの寒空に泣いている人間が他にもまだまだある様子だ。げんにあの秋ちゃんなど、大谷さんと知合ったばかりに、いいパトロンには逃げられるし、お金も着物も無くしてしまうし、いまはもう長屋の汚い一部屋で乞食みたいな暮しをしているそうだが、じっさい、あの秋ちゃんは、大谷さんと知合った頃には、あさましいくらいのぼせて、私たちにも何かと吹聴していたものです。だいいち、ご身分が凄い。四国の或る殿様の別家の、大谷男爵の次男で、いまは不身持のため勘当せられているが、いまに父の男爵が死ねば、長男と二人で、財産をわける事になっている。頭がよくて、天才、というものだ。二十一で本を書いて、それが石川

啄木

たくぼく

という大天才の書いた本よりも、もっと上手で、それからまた十何冊だかの本を書いて、としは若いけれども、日本一の詩人、という事になっている。おまけに大学者で、学習院から一高、帝大とすすんで、ドイツ語フランス語、いやもう、おっそろしい、何が何だか秋ちゃんに言わせるとまるで神様みたいな人で、しかし、それもまた、まんざら皆うそではないらしく、他のひとから聞いても、大谷男爵の次男で、有名な詩人だという事に変りはないので、こんな、うちの婆まで、いいとしをして、秋ちゃんと競争してのぼせ上って、さすがに育ちのいいお方はどこか違っていらっしゃる、なんて言って大谷さんのおいでを心待ちにしているていたらくなんですから、たまりません。いまはもう、華族もへったくれも無くなったようですが、終戦前までは、女を口説くには、とにかくこの華族の勘当息子という手に限るようでした。へんに女が、くわっとなるらしいんです。やっぱりこれは、その、いまはやりの言葉で言えば奴隷根性というものなんでしょうね。

2006年2月25日 (土)

ぴろぴろ

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ぷるぷる

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