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2006年5月29日 (月)

リオネル・メッシ

 “マラドーナ2世”と期待されたアルゼンチン人プレーヤーはかつて何人もいたが、誰もマラドーナにはなれなかった。だが、リオネル・メッシなら――。若干18歳のアタッカーは、それ程までに高い能力を誇っている。

 13歳のころ、メッシは身長が143cmしかなかった。幼少のときに、成長障害疾患を患ったためである。成長ホルモンを注射するため、毎月約900ドルの治療費がかかった。決して裕福ではなかった一家は治療費の捻出(ねんしゅつ)に苦しみ、スペイン移住を決意する。そして、メッシのプレーに心を奪われたバルセロナが治療費の負担を申し出て、入団に至った。
 自ら足に注射を打ち続け、169cmまで身長を伸ばしたメッシはめきめきと頭角を現していく。2004-2005シーズンには、チーム歴代3位の17歳3か月でトップチームにデビュー。同シーズンにはチームのリーグ最年少得点記録を打ち立て、チャンピオンズリーグ初出場も果たした。

 アルゼンチン代表のエースとして出場した2005年ワールドユースでは、世界中の度肝を抜いた。巧みな戦術眼、正確かつパワーのあるシュート、タテに一瞬で抜けるスピード、相手をあざ笑うかのようなテクニック。生粋のゴールハンターであるメッシは6ゴールを奪い、アルゼンチンの5度目の優勝に大きく貢献。大会MVPに輝いた。
 2005年8月には、途中出場ながらフル代表にデビュー。若手選手を積極的に起用するホセ・ペケルマン監督はその後もチャンスを与え、先発した3月のクロアチア戦ではフル代表初ゴールを記録。レギュラー定着に向け、これ以上ないアピールとなった。
 クラブレベルでも、2005年9月にスペイン市民権を獲得すると、出番は激増していく。ついにはフランス代表のルドヴィク・ジュリー、スウェーデン代表のヘンリク・ラーションら錚々(そうそう)たる選手をベンチに追いやり、レギュラーの座を奪ってみせた。

 「メッシはロナウジーニョと並んで世界最高の選手。私によく似ている」
 母国の英雄ディエゴ・マラドーナに、ここまで言わしめたメッシ。バルセロナの世界一攻撃的で魅力的なサッカーの一翼を担うアタッカーは、初めてのワールドカップで再び世界中を震撼(しんかん)させるに違いない。

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